移転リニューアルのお知らせ

読者各位 『そして私はひとりになった』運営者の藤永です。本ブログにおいて、読者に語りかけるような文体は初めてなので、ちょっとドキドキです。 さて、この度、Word Press(『そして私はひとりになった(hyper)』)へ移転することになりました。はてなダイ…

記憶の箱

朝、目が覚めてベッドから這い出すと、何かよくないことが待ち受けているような不吉な予感がした。前の晩にベッドに入ったときには、わけもなく心が浮き立っていて、どう考えてもこの先には絶望の楽園か、幸福の断崖絶壁しか待ち受けていないというのに、翌…

その夜、パーティで

霧雨の降る肌寒い夜、街外れに立つ奇妙な黒いビルは地上からのライトに照らされておぼろに佇んでいた。正面玄関の脇には大黒天の石像が鎮座し、柔和さのなかに不気味さを秘めた笑みを浮かべて来客を迎えている。大黒天の横の正面玄関前には小さな車寄せが設…

カップからあふれたコーヒー、割れたソーサー

アクシデントというのは実に厄介なものだ。不利益を被るだけでなく、ときにはアクシデントに直面したときの行動によって、自らの本性をさらけ出してしまう。冷静さと温厚さを兼ね備えているように思えた人が、自分のエゴにかかわる問題になると、怒りを制御…

間違われた電話は最後に笑う

本当は必要ないのに、見栄のために持っているものは多い。ときにはほんの少しでいいものを必要以上に持っていることもある。それでも見栄で持っているということは、自分の意思であるから理不尽さは感じない。これが見栄ではなく、尊敬や信用を得るために持…

ネギ泥棒と春の宴

北風が吹き荒れる寒い夜、わたしは家路を急いでいた。トラックや乗用車が車道をときおり通り過ぎる以外は音らしい音もなく、しんと静まり返っている。四方八方から忍び寄る冷気がひび割れる音や、夜空を支配する星のきらめきく音が聞こえてくるようだった。…

魔の時間、死の扉が開くとき

人の一生は舞台やドラマによく例えられる。ただ、実際の舞台はひとつの物語につき、わずか数時間で終わりをむかえる。客の入りが悪ければ早々に打ち切り、連続ドラマで視聴率が悪ければ途中で打ち切りになってしまうこともある。しかし、これが人となると、…

寝台列車の終着駅

自分では何も変わっていないと思っても、まわりが勝手に変化を察することがある。それは、見た目の美しさに関するものだったり、逆に「少し太った?」というよけいなお世話な問いだったり、はたまた内面に関するものだったりと、さまざまだ。とくに内面に関…

迷子のくまが保護されるまで〜赤くて陽気な歌舞伎者〜

わが家に白いくまのぬいぐるみがやって来たのは8年前の冬だった。当時のわたしはふさぎがちで、表向きは笑っているけれど、内心ではいつも鬱屈とした梅雨空のような心境でいた。それを鋭く見抜いた知り合いがたまたまぬいぐるみ好きで、なかば自分の分身とし…

紅茶にみる“こだわり”の善し悪し

苦手な物事が平気になるどころか、突然好きになってしまうことがある。そうした心境の変化の前に何か大きな出来事があったわけでもない。本当に、突然、何の前触れもなく、好きになってしまうのだ。これが色恋の話でないことにはわれながら遺憾の意を表さざ…

座敷わらしと小さな城

ひとり暮らし、フリーランス、30代。というと、自由の化身のように感じる人もいれば、絶望の化身と感じる人もいるようだ。おそらく後者のほうが実態に近い。わたしの場合、ひとり暮しは協調性がないうえに一緒に住む人がいないからで、フリーランスというの…

大木洋食店の老コック

下町には数多くの洋食屋がある。ひと口に洋食屋といってもピンキリで、大衆食堂に毛の生えたような普段使いの店もあれば、特別な日にちょっとオシャレをして出かけるのに向くような店もある。ほんのり防虫剤のにおいのするツイードのスーツを着た父親に、半…

階段は黒猫の塹壕と化して

黒猫という生き物は、なぜああも歓迎されないのだろう。しばしば不吉な存在とされ、出がけに前を横切られると悪いことが起きると嫌われることすらある。もしかすると、ビロードのように艶々とした黒色が神秘性と相反する邪悪さを漂わせるからなのかもしれな…

カビと都落ちの女たち

どうしてこの黒カビは言うことを聞いてくれないのだろう――。わたしは浴室の中央で呆然と立ち尽くしていた。かれこれ20分近く、窓枠に付着した黒カビと格闘していたのだ。しかし、使い古した歯ブラシを溝に押し込もうが、カビ取り洗剤を吹きつけようが、黒カ…